これは祝日の月曜に観たばかりの演劇です。
比較的、上演期間の早い段階で観たので、まだ上演期間は残っています。来週木曜の26日まで上演してます。
興味を持っていて、間に合う方はぜひ観てください。なんらかの爪痕を残す作品だと思います。
今作は『劇団、本谷有希子』の作品です…が、よく見るとポスターやパンフの『本谷有希子』には取り消し線が引かれています。
…というのも、今回は本谷さんは『原作を書いた』という以外では舞台に関わっていないからです。
じゃあ誰が舞台の演出をしたのか? …というと、吉田大八さん。
名前だけだと『???』ってなるかもしれませんが、分かりやすく言っちゃえば、映画の「桐島、部活やめるってよ」で監督をしていた方です。
ちなみに本谷さんとは「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」ですでに絡んでいたりします。
この方の作品、個人的には「桐島〜」も、「クヒオ大佐」も合わなかったんです。いまいち不完全燃焼だったというか。「桐島〜」で顕著だったんですけど、周りの絶賛を理解できなかった。面白いとは思ったけど、そこまで言うほど??? っていうテンションにしかなれなかったんですね。
だから今回、正直言うとかなり不安でした。
そもそも「ぬるい毒」は作者である本谷さんが 『これは舞台化不可能』 と言い切っていたし、私もこの発言には完全同意していたのです。吉田さんに限らず、満足に舞台化できるひとはいないだろう、と。
でも、蓋をあけてみたら、本谷さんの原作を壊さない舞台になっていました。
もう、ひたすら感心するしかなかったですね…。
原作は、明確にクレイジーな人物もいないし、とにかく主人公の複雑な内面描写も多くて、そこに抽象的なエピソードだとか、掴みにくい会話だとかが重なって、自分なりに解釈するのですら難しい作品だったんです。
それが吉田さんの手が入った舞台では、向伊や原のキャラクターが分かりやすくなり、『ぬるい毒』が明確になり、全体の流れにもリアルさゆえの複雑さがなくなった、という印象でした。
原のキャラクターは原作よりエキセントリックになってたかなぁ、と感じました。そして、そこが逆に本谷ワールドらしさを醸し出していたような気も。
舞台のほうが分かりやすくなっていた、と言っても、大きく変更された部分はほとんどなかったです。エピソードを足している部分はあれど、基本的には原作を忠実に再現していました。
分かりにくい部分は削ぎ落としていて、でも本谷さんらしさを漂わせるための肝になる部分はしっかりとそのまま持ってきている、というかんじ。原作そのままの会話も少なくない。
男性である吉田さんが、これほどまでに抜かりなく、原作の肝を掬いあげて再構築した見事さに、もう本当にただただ驚きました。
演出についても『やられた!』というかんじ。
先述の通り、主人公の心理描写(しかも小説で丁寧に描写されていても理解しづらいような内容)がモノを言う作品なので、それをどうするのかという部分に興味があったんですが…こうきたか、と。
安易な独白にさせず、原作からの抜粋した文章に心の揺れや苦しさを反映させた演出でしたねー。
『ぬるい毒』について明示していく部分の見せ方もすごいなぁ、と。中盤の少しダレてくるところで、うまく関心を引きつけ直したなー、と思いました。
小さめの会場だから出来たであろうラストにも満足でしたね。
個人的に唯一残念だったのが、役者陣。
役者陣というか、夏菜さんですね。ビジュアルでは彼女は完璧だったんですけど、いかんせん、あの舞台には少しオーバーかなぁ…と思うような演技、それに伴った声への違和感が最後までつきまといました。そこまで狙ってたのかなー。
中盤で地声で演技をする箇所があって、そこの夏菜さんは良いなぁと思ったので、こういう地声の演技が冒頭に入っていたらまた少し違ったのかなぁ、と。
対して向伊を演じる池松さん。彼は…すごかったですね…。もう最初のシーンから『熊田』と同様に、彼の『向伊』に引きつけられてしまったかんじ。
けっこう色々なドラマや映画に出ているようですが、私は全く知らなくて、それでも舞台が始まって最初の数分で『このひとの演技はすごい!!!』と確信できました。少なくとも、向伊を演じる上ではパーフェクトでした。
口調も間合いも絶妙だし、何よりも纏っている空気感が圧倒的。めちゃくちゃに美形なわけでもないのに、彼が舞台に居ると見入ってしまう空気を持っているひとでした。まさに向伊そのもの。
夏菜さんの演技がイマイチに見えてしまったのは、池松さんが圧倒的すぎる演技をしていたからかもしれない、とすら思えましたね…。
彼を知れたことは、この舞台を観ての収穫のひとつ。
ネタバレするのもアレなので細かく触れるのはこの程度にしますが、全体的にかなり満足できた舞台でした。時間さえとれればもう一度観たいくらい。DVD化されたら欲しいくらい。
ただ、他の本谷舞台とはまったく違うと思います。それは「遭難、」と今作しか本谷舞台を観ていない私にも分かりました。実際、誘ってくれた友達(本谷舞台は5回目)も他とは違う、と言ってましたし。
だから、本谷舞台のクレイジーさだとか賑やかでコミカルなかんじが好きなひとはおすすめしません。
でも、原作が好きなひとなら、吉田さんを信用して観に行っても後悔はしないと思います。いや、むしろ舞台を観て原作にあたっても、原作はちょっと受け入れられなかった…っていうタイプのひとも居るかもしれません。
男性はどうか分かりませんが、女性には何らかの爪痕を残す作品だと思います。
そういう作品に出会っても後悔をしない女性は、ぜひ。